2025-08-01から1ヶ月間の記事一覧
伊丹の RWY32L へタキシングする B747SP。関空開港前は伊丹にも多くの国際線が飛んでいましたね。千里川土手からのショットですが現在は騒音軽減のため使用しなくなった W1-TWY を当時は大型長距離便機が使用し迫力ある姿を間近に見せてくれていました。この…
1968年から2023年の半世紀超にわたって数多くの派生形が製造されたロングセラー機の B747。その 1,574機の中で 45機だけ製造されたのが B747SP(Special Performance)でした。ニューヨークと東京を無着陸で結ぶ能力を求めてパンアメリカン航空が開発要請し…
羽田の沖留スポットで多くの地上支援車両に囲まれる DC-10。本来の定期路線への行き場を失った 2機の DC-10 は中国への定期便や国際線・国内線チャーター便に投入され JA8550 は 1997年12月に JAS 100% 出資で設立されたハーレクインエア(Harequin Air)に…
羽田の RWY16(現 RWY16R)に進入する DC-10。1990年2月に成田⇄シンガポール線、1991年6月に成田⇄ホノルル線が開設され DC-10 はようやく本来の持ち場へと投入されました。しかしながら成田の発着枠が制限されデイリー運航が出来なかった(シンガポール:4/w…
羽田を離陸後旋回上昇していく DC-10。就航開始から羽田⇄那覇専用機的に運用されていた DC-10 が初めて国際線を飛んだのは 1989年2月の福岡⇄バンコクのチャーター便で初号機の受領から 1年近くを経てからでした。その後 6月には成田⇄ホノルルのチャーター便…
日本航空、全日本空輸とともに日本の 3大航空会社の一翼を担っていた日本エアシステム(Japan Air System(旧東亜国内航空 Toa Domestic Airlines))。45/47 体制の下では国内準幹線と地方ローカル線を主力としていましたが 1985年の体制見直し・規制緩和に…
DC-10 に加えて B747 を導入した日本アジア航空は 1990年代以降は日台路線に加えてグアムや香港、デンパサール等観光路線にも就航しました。2007年に日本の交流協会と台湾の東亜関係協会が日本航空インターナショナルによる日台路線の直接運航を認める方針を…
1972年9月29日に日中共同声明が調印され中国(中華人民共和国)との国交が樹立したことに伴い台湾(中華民国)政府とは断交、中国との航空協定締結にあたり同国に乗り入れる日本の航空会社(日本航空)の台湾乗り入れは禁止とされ、1974年4月21日には中国寄…
西陽を浴びて成田の RWY34 にアプローチする DC-10。この JA8542 も最後に残った 3機のうちの 1機です。JA8541、JA8543 より 1日早く 2005年10月30日に JL736(香港→成田)でラスト・フライトとなりました。 Japan Airlines DC-10-40I JA8542 NRT ランキング…
成田の RWY16 へアプローチする DC-10。MD-11 と B777-200 の導入に伴って 1997年12月から退役が始まった DC-10 の中で最後まで残った 3機のうちの 1機である JA8541。2005年10月31日の JL952(仁川→成田)でラスト・フライトを終えました。 Japan Airlines …
羽田の RWY04 を離陸する DC-10。1987年の完全民営化を契機としたイメージ刷新や 1990年の B747-400 導入に合わせて採用された 2代目鶴丸塗装機です。鶴丸が相対的に小さめになり位置も上方へシフトしたことで他機種ではバランスが悪いともいわれましたが、…
赤と紺のチートラインをちら見せして羽田の RWY16(現 RWY16R)にランディング直前の DC-10。小ぶりな垂直尾翼に貫通したように見える第 2エンジン、強めの上反角がついた水平尾翼と特徴的な後ろ姿です。大きく降ろされたタブル・スロッテッド・フラップがま…
成田の RWY34 へアプローチする DC-10。初号機 JA8530 と同時期に導入された 2号機の JA8531 です。タイトル・ロゴが JAPAN AIR LINES から Japan Airlines に変更されています。尾翼の鶴丸が消されていますが日本アジア航空(Japan Asia Airways)への移籍…
羽田に到着しゲートに向かう DC-10。大きなコクピット・ウィンドウからはコクピット・クルーの姿がよく見えますね。この JA8548 は 1982年1月に引き渡された 19号機、ラスト 2の機体です。チートラインの下にある EXPO '90 Osaka Japan のデカールは鶴見緑地…
1976年7月に国内線でデビューした DC-10 は 1977年4月1日からは国際線にも進出しました。当初は DC-8-61 の代わりに東南アジア線へ投入される予定でしたがパンナムの B747SP 直行便で苦戦を強いられていた羽田⇄アンカレッジ⇄ニューヨーク線に就航(週 7便の…
1970年に初のワイドボディ機として B747 を就航させていた日本航空は 1972年10月から国内線や東南アジア路線、南廻り欧州線を担っていた DC-8 の後継機選定作業を行なっていました。1973年12月に DC-10 の導入を決定し翌 1974年6月に 6機(国内線仕様機 4機…
1946年設立の大韓国民航空社(Korean National Airlines)を前身とし 1962年に軍事政権が国営会社として大韓航空公社(Korean Air Lines)を設立したものの赤字が続き 1969年に韓進グループ主導で民営・株式会社化されたのが現在の大韓航空(Korean Air Line…
東パキスタンがパキスタンから分離独立したバングラデシュの国営航空会社として 1972年1月に設立されたビーマン・バングラデシュ航空(Biman Bangladesh Airlines)。同年 2月から国内線の運航を開始し 3月には初の国際線としてロンドン線も開設、その後もア…
1947年8月に設立された KLM の子会社 KLM IIB(KLM Interinsulair Bedrijf)が 1949年12月に国有化されて誕生したガルーダ・インドネシア航空(Garuda Indonesian Airways)。国有化前にカルカッタ→ラングーンをインドネシア航空(Indonesian Airways)とし…
成田の RWY16 へアプローチする DC-10。青の三角形に 8本の太陽光線が重ねられた現行塗装につながる当時の新塗装機です。タイトル・ロゴは "Philippine Airlines" ではなく "Philippines" となっています。 Philippine Airlines DC-10-30 RP-C2003 NRT ラン…
1941年2月に設立されたアジアで最も古い航空会社のフィリピン航空(Philippine Airlines)。同年 3月にマニラ⇄バギオで運航を開始しました。第 2次世界大戦で運航中断を余儀なくされましたが終戦後の 1946年2月に国内 15都市で運航を再開、7月には DC-4 チャ…
1959年にタイの国内航空会社であるタイ航空(Thai Airways)とスカンジナビア航空(Scandiavian Airlines System)の合弁事業として設立されたタイ国際航空(Thai Airways International)。1960年に運航を開始した最初の国際線路線はバンコク⇄香港⇄台北⇄羽…
当時の撮影スポットの一つである「畑ポイント」から RWY34 エンドの DC-10 を望みます。レジナンバーの N112WA からわかるとおり米国のワールド・エアウェイズからのリース機です。多主教国家ながらイスラム教を国教とするマレーシアは国民の 6割強がイスラ…
1937年に設立され 1947年に運航を開始したマラヤ航空(Malayan Airways)が前身のマレーシア航空(Malaysian Airline System)。マラヤ連邦の英国からの独立(1957年)、マレーシアの建国(1963年)、シンガポールの分離独立(1965年)と変遷がありましたが…
1923年5月にベルギーとベルギー領コンゴを結ぶための国営航空として設立されたサベナ・ベルギー航空(Sabena)。同年 7月からブリュッセル⇄ロンドンで運航を開始しその後西欧域内に路線を拡大、コンゴへは 1935年2月に就航しました。第 2次世界大戦では大き…
北欧ながら狭義のスカンジナビア諸国ではないフィンランドのフラッグ・キャリアであるフィンエアー(Finnair)。1923年に前身となるアエロ・オイ(Aero O/Y)が設立され第 2次世界大戦終了後の 1946年にフィンランド政府が株式の過半を取得、1953年にフィン…
第 2次世界大戦後の 1946年8月にスウェーデンの SILA(Svensk Interkontinental Lufttrafik)、デンマークの DDL(Det Danske Luftfartselskab)、ノルウェーの DNL(Det Norske Luftfartselskap)のスカンジナビア 3国のキャリアによるコンソーシアムとして…
1931年にアド・アストラ・エアロ(Ad Astra Aero)とエア・バーゼル(Air Basel:Balair)の合併により設立されたスイス航空(Swissair)。欧州航空会社として初めてスチュワーデスを採用した会社でもあります。1947年にはスイス政府や自治体、公的機関等が…
1980年代後半のフランス政府の規制緩和(路線棲み分けの廃止)によりフランス航空各社は路線の拡大が可能となりましたが一方で競争も激化しその結果 1990年1月には UTA はエールアンテール(Air Inter)とともにエールフランス・グループ入りし 1992年12月に…
T.A.I.(Transports Aeriens Intercontinentaux)と UAT(Union Aeromaritime de Transport)が合併し 1963年10月に設立された UTA フランス航空(Union de Transports Aeriens)。エールフランス(Air France)に次ぐフランス第 2のキャリアとして主にフラ…